Kites rise highest against the wind – not with it.
凧が一番高く上がるのは、風に向かっている時である。風に流されている時ではない。
- Winston Churchill -
ウィンストン・チャーチル

私たちは 一つの同じまち 一つの同じ屋根の下に 暮らしている

何のためにここにあるか
人生の意義とは何か
そんなこと、一生のうちにわからなくても
私たちは、何のためにこの生命を使うべきかを知っている
何のために生まれてきたのか、何のために生きているのか
そんな答えが今すぐに出なくても
私たちが受ければ決して耐えることができないような不条理に耐え、そして消えていく生命が目の前にあれば、私たちは行動する
今この瞬間にも、あらゆる不条理、道理に適わない事実を否応無しに押し付けられている者があることを知れば、私たちは行動せずにはいられない
私たち地球上の生物は、同じ大きな一つの街に生きている
目が届かない範囲、声が届かない範囲、勝手に人間が線引きをした境界線の外側で起こっていることは関係ない事ではないと、私たちは知っている
何のために生き、自分の人生の意義は何か、そんな難しいことの答えはすぐには出なくても、目の前の不条理に立ち向かう勇気がある。それを許せずに込み上げ怒る感情がある
そう 私たちは本能的に、自分の生命は、自分のために使うためにあるのではないことを知っている
この活動は、その対象者を思えば、どんな自分の境遇も、ハンディキャップも受け入れることができる、性別も年齢にも関係なく、携わり続けられるライフワークである。

ここにこの先どうあるべきか
どれだけ革新的で、便利で、心地よいサービスを提供しても人の幸福度が上がることはない
文化や技術の成長を求め、競争にいくら勝とうと努力しても、人が満足の頂点に達することはない 経済の成長と人の幸福度や人生、生命の価値は結びつかないことはこれまでの歴史で分かっているはずである 後に皺寄せが来るような、何かを犠牲にしなければ実現できない不条理で持続性も循環性も無いものの上に幸せは成り立たない
課題の解決とは、ほとんどがこれまで人類が利己的で野心的な活動を繰り返し産んできた課題の尻拭いに過ぎず、それだけでは持続可能とは程遠い
社会が抱える課題を解決するビジネス、ソーシャルビジネスは、今やあらゆるビジネスモデルの根幹となるコンセプトであるが、ビジネスとして採算が合わなければソーシャルビジネスとしては成り立たない。つまり、採算が取れない課題は切り捨てられるために、全ての課題解決を課題解決型ビジネスだけで解決することは不可能である。それは、利他を実践した人の心を導き、繋ぐ事業で無ければ、全ての課題を解決することはできない事を意味し、具体的にはビジネスを行いながらも全ての課題を把握し、漏れのないように包括的に課題解決型ビジネスでの収益を社会貢献活動、非営利活動、行政などに再投資するなど、並行、協働、連携しながら、且つ事業創造そのものの仕組みと事業運営に持続性があるモデルの構築が不可欠となっている。
そして 最も大切になるのが課題が発生する前に予見し、発生しない循環モデルをヴィジョンから形成し構築することである 課題解決とは、すでに起こった課題に対して後手に対応することである 現代社会では、あらゆるものが複雑に絡み合い、何かを解決しようとすれば、何か別の課題が発生する これではキリがない 課題探しゲームがビジネスの根幹ならば、あらゆるビジネスが課題に群がり、課題が解決し続ければあらゆるビジネスが根絶やしになるのか それこそが持続可能性を謳い課題解決を行いながら自らのビジネスの持続可能性が低いことを露呈している 既に起こった課題への対処療法を後手後手にソーシャルビジネスとして世に送り出すだけではなく、そこから将来予見可能な課題を未然に防ぐヴィジョンを合わせ持つモデルがこれからは必要になる そして、最も大切なのは、どの様な社会にしたいかヴィジョンを描き、そのヴィジョンを実現するためのビジネスを生み出す事である ビジネスがヴィジョンや夢に群がる世界にしなければならない

私たちが住むこの世界(まち)は、私たち一人ひとりが創っている
誰かに創られ、誰かに決められた世界に、受け身に住まわされ、生かされているだけなのか。行動しなくても、きっとそのまま続いていくのだろう。ただ、自分の人生も、この世界(まち)も、私たち一人ひとりが自分の手で、自分の意思でそうなるように創っていくことができる。
今、私たち人類は、非常に生きづらい様々な課題に直面している。その課題のほとんどは、これまで人類が経済成長を最優先し、競争を繰り返し、野心や欲望のままに様々な犠牲を払ってきたことが原因である。つまり、その課題を産んだ原因は、人の「心」。原因が人の心であれば、解決方法は人の心でしか成し得ません。人の心を導き、繋ぐことこそが課題の根本的な解決であり、失敗しても何度も立ち上がるレジリエンスを伴った持続可能な社会を築く唯一の方法である。
自分にとっての幸福な暮らしとは何か、自分にとって充実した命の使い方とは何か、分かっているのに社会に流されてはいないか
誰も世界(まち)の片隅で置き去りになっていない、声が大きい経済的強者だけの声が通るのではなく、家族のように一人ひとりの生命を気遣い合う世界(まち)、そんなまちに住みたい
世界は少しずつ良くなっていると言う
そんなことはどうでも良い
どれだけ良くなろうとも、一人でも不条理に苦しむ人がいる事を知れば、
同じ世界(まち)に苦しんでいる人がいるのに、幸福だなんて思えない

